宝蔵とは

世界文化遺産
国宝姫路城の麓で

「姫路の宝蔵」は、世界文化遺産でもある
国宝姫路城の家老屋敷跡公園内にあります。

姫路城、周辺の観光施設や駐車場からも大変近く、
姫路の観光はもちろん
周辺の散策ついでにお立ち寄り頂けます。

姫路のお土産は、ぜひ姫路の宝蔵へ。
皆様のお越しをお待ちしております。

ご挨拶

「姫路の宝蔵」では、
姫路の9店舗の銘菓、5蔵の地酒、姫革細工や明珍火箸等の名産品や特産品に加え、
姫路・西はりま地域の秀逸な品々を500種類以上取り揃えております。

代表
天野 治

姫路菓子の歴史

江戸時代 後期
姫路に菓子文化が根付いてきたのが、江戸後期といわれ、当時、藩主であった酒井家が茶の湯を好んだことで、姫路城下に広がったといわれています。
この頃の姫路藩の財政は困窮し財政赤字がありました。当時の藩主・酒井忠以(ただざね)は、家老の河合寸翁に藩の財政再建に専念するよう命じました。河合寸翁は藩政改革を行うとともに、農商工業の振興と木綿会所を開設させ、木綿、小麦粉、菜種油、砂糖などの物産を全国から姫路城下に集め、商業を盛んにさせました。
中でも、茶人の寸翁は和菓子づくりを奨励し、職人を江戸や京都、長崎に派遣し、技術の習得をさせました。
大正元年
発行した姫路市内の当時の産業の様子を記した「姫路紀要」の「姫路菓子」の項目の記すところによると菓子製造者が姫路城下(船場の博労町一帯)に軒を連ね、盛況を極めました。
昭和 初期
姫路市の船場本徳寺の門前に駄菓子屋が軒を連ねていましたが、戦災で焼失し、業者も市内各所に分散してしまいました。
戦後
全国各所にあった業者が減少する中、姫路の油菓子「姫路駄菓子」は、全国で有名となり、その名を馳せることとなりました。
1952年 昭和27年
姫路菓子同業組合が設立され、品質の向上や販売方法の研究などを行い、数年おきに開催される全国菓子大博覧会にも出展し、名誉総裁賞など数多くの賞を受賞しました。
2008年 平成20年
「全国菓子大博覧会・姫路菓子博」が世界文化遺産・国宝・姫路城で行われ、菓子博史上最高の92万人の入場者がありました。

店舗情報

住所
姫路市本町68
(姫路城大手門駐車場東隣
家老屋敷跡公園内 いの屋敷)
電話番号
079-283-7237
運営
平成24年4月から姫路菓子組合が運営
令和2年 4月から「株式会社姫路宝蔵」へ法人化。